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これからの栃木県の産学官連携のあり方を考える

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これまで、栃木県の産学官連携について行政、大学、金融機関、研究者といった異なる 視点から課題の考察を行い、解決策の提示を行ってきた。本章では、本論文の結論として、

今日の産学官連携を取り巻く現状を改めて見つめなおし、これまで筆者が行ってきたヒア リング調査も踏まえてこれからの栃木県の、あるいは宇都宮大学の産学官連携はどうある べきなのかについて考えてみる。

第1節 政権交代による栃木県の産学官連携への影響

直近の動きとして、産学官連携を取り巻く状況に無視できない変化が起きている。

2009年8月の国政選挙において、民主党が歴史的勝利を収め大々的な政権交代を果たし たことは記憶に新しい。「政治主導」、「無駄の削減」を掲げる民主党が立ち上げた行政刷新 会議の「事業仕分け」はまさに行政主導による歳出の無駄削減の象徴として行政の無駄に 敏感な国民には大いに受け入れられたようである。しかしながら、削減に血眼になる余り、

事業仕分けにおいて科学技術関連の予算までもが無駄と見なされ、削減や廃止の対象とさ た。産学官連携に関しても例外ではなく、「地域科学技術振興・産学官連携事業」が廃止の 判定を受けている。

そして、こうした動きが宇都宮大学の、ひいては栃木県の産学官連携にも影響を及ぼし ている。栃木県と宇都宮大学が共同で提案した、県の光産業における研究開発拠点となる

「光融合技術イノベーションセンター(仮称)」が文部科学省の「地域産学官共同研究拠点整 備事業」に採択されたものの、県が当初申請した事業費助成約 17 億円が、政府の事業見直 しによって約5億円にまで削減されたのである36。約12億円という大幅な削減によって当 初の計画にあった建物の新設は取りやめ、既存の施設を使わざるを得なくなった。もちろ ん、削減されたとはいえ事業が頓挫したわけではないため、事業の今後の成果は注目され るところである。

しかしながら、栃木県としては今後の県の基幹産業になりうる産業として、あるいは宇 都宮大学としては今後の産学官連携の重点分野としてそれぞれ光産業を位置付けていただ けに、やはり手放しでは喜べないというのが実情であろう。

第2節 地域に合った連携のあり方の模索

予算の削減によって産学官連携を取り巻く状況に暗雲が立ち込める中で、本当にやらな ければならないことは単にそうした状況を悲観することではなく、これまでの産学官連携 のあり方を見直すことであるように思われる。これまで見てきたように、産学官連携には 大きな可能性がある一方で問題が山積しており、予算や助成金を確保すればそれで万事解 決というものでは決してない。こういった状況だからこそ、改めてそのあり方を見つめ直

36 読売新聞(2009年12月10日付)『宇都宮大に光学研究施設 国の「産学官」支援事業に 採択』より。

す必要がある。

そこで、敢えて原点に立ち返り、なぜ産学官連携を行うのかという問題について考えて みる。それは、紛れもなく産だけでは作れない可能性がそこにあるからである。そしてま た、鈴木教授が指摘していたように、その可能性はごくわずかなものでもある37。そうした 小さな可能性を追い求めるものだからこそ、官や学あるいはその他の地域のアクターの助 力が必要なのである。

そういった意味で、本論文で取り上げた栃木県における宇都宮大学の産学官金連携への 試みは、地域のアクターの力を借りてより有機的な産学官連携のあり方を模索している好 例である。大学が地域金融機関との間に見出した連携の新たな可能性を可能性で終わらせ ずに、そして将来的には大きな成果を出していくためにこれからも試行錯誤を続けていく ことが求められる。

第3節 現場主義の徹底を

最後に、宇都宮大学の産学官金連携を可能性で終わらせないためは何が必要なのか、あ るいは栃木県が今後、県内の産学官連携を支援していく上で必要な要素とは何なのかにつ いて考えてみる。これらの問いに対して、筆者は「現場主義の徹底」を指摘したい。

現場主義の徹底とは、産学官連携を行う上であらゆる施策、支援が、文字通り現場であ る企業と研究者、そしてそれを支えるコーディネータの声に基づいたものであるべきだと いうことである。様々なアクターへヒアリング調査を行う中で、人材交流の停滞等が障壁 となり、現場の声に基づいた政策、体制作りというものが当たり前のようで思いの外出来 ていないという現状が見えてきた。産業振興政策として産学官連携を支援する行政も、ま た、研究者と企業が円滑に連携を行うことが出来るように体制を組む大学も、結局現場の 人間が求める施策や体制作りを実施しなければ意味を成さない。だからこそ、筆者が第 5 章で提示したような現場と支援側とを繋ぐパイプが必要であり、それらを通して行政や大 学は現場の声に基づいた施策を行っていかなければならないのである。

民主党の事業仕分けに見られるように、産学官連携を取り巻く状況は刻一刻と変化して いる。そうした目まぐるしく変わっていく状況の中で、栃木県の、あるいは宇都宮大学の 産学官連携のあり方においても今後変化が求められてくることもあるかもしれない。しか しながら、どんな連携のあり方を目指していくにせよ、それは全て現場主義に徹したもの でなければならないと筆者は考える。

37 2009年12月10日に行った宇都宮大学大学院工学研究科の鈴木教授への筆者ヒアリング

調査より。

おわりに

本論文では、栃木県における産学官連携について、産業振興政策として連携を推進する 行政という視点から、また、宇都宮大学における産学官金連携について、連携体制を組む 大学、新たに連携に加わった金融機関、そして連携を実際に行っている研究者という視点 からそれぞれ課題の考察を行い、解決策を提示してきた。そして、それらを通じて見えて きた栃木県の、あるいは宇都宮大学の産学官連携のあるべき姿として、「現場主義の徹底」

が必要であるという結論に至った。

論文の執筆にあたり、行政、大学、金融機関、コーディネータ、研究者と産学官連携に 関わる様々なアクターにヒアリング調査を行ったことで、多角的な視点から栃木県の産学 官連携を捉えることができ、実際それぞれの視点から多くの課題点が見えてきた。そうし た課題は円滑な連携を妨げるものであるため、それらを解決するために、栃木県と宇都宮 大学に対してそれぞれ解決策を提示してきたが、一方で、産学官連携はその性質上ごくわ ずかな可能性を追い求めるものである。すなわち、円滑な連携と産学官連携の事業として の成功は根本的には別次元の問題だということになる。

それでも、アクター間の意思疎通が十分に図られ、直面する課題に対して柔軟に対忚出 来る円滑な連携体制の実現が、成功への近道であることは間違いない。そしてまた、宇都 宮大学と足利銀行による産学官金連携の取り組みに見られるように、「産」、「学」、「官」以 外の地域のアクターも必要に忚じて連携体制に組み込み、そのノウハウを連携に活かして いくことで成功の可能性がさらに高まることも間違いないだろう。

産学官連携は、第 1 章で述べたように、そのあり方が多岐に亘るため、実態がつかみに くい概念である。そして、金融機関との連携等、さらなる多様化が進んでいる。しかし、

産学官連携が産学官金連携へ、あるいはその他のあり方へと発展しようとも、大学や行政、

金融機関といったアクターはあくまで企業をサポートする役であることを忘れてはならな い。県の産業労働観光部へのヒアリング調査の際、「産業振興は社会福祉ではない」という 指摘を受けたのだが、産学官連携はまさにこの言葉に集約されるように思われる。つまり、

産学官連携は産業振興の手段の一つであるとはいえ、中小企業という弱者を救う手段では 決してないのである。どのような連携のあり方においても、軸となるべきなのはあくまで 企業であり、企業が明確なビジョンを示し、リーダーシップを発揮していかなければなら ない。なぜなら、産学官連携は連携することそれ自体が目的ではなく、成果を出すことが 目的だからである。

企業、大学、行政や金融機関といった地域のアクターによる協働はそれだけで画期的な ことであり、大きな意義があるように感じられる。しかしながら、産学官連携に求められ ているのは成果であり、意義はその中に見出さなければならない。

今後、産学官連携を取り巻く状況が厳しくなる中で、栃木県の産学官連携においてもま すます成果を出すことが求められてくる。そうした中で、様々なアクターへのヒアリング 調査によって見えてきた、現場と支援側とが乖離した現状は決して看過することは出来な い。現場は何を求めているのか。小さな可能性を結実させるために組織として何が出来る のか。そういった視点に立ち、連携を後方から支援する大学、行政、金融機関といったア クターは企業、研究者、コーディネータといった現場の声に基づく支援を行っていく必要

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